「死体を蘇らせて奴隷にする」というブードゥー教に伝わる“ゾンビ”を、それまでとはまったく違う新解釈でホラー映画のモンスターとして描き、世界に衝撃を与えたのが“モダン・ゾンビの祖”ジョージ・A・ロメロ監督。
【1】死者が蘇って生者の肉を喰らう
【2】噛まれた者も、またゾンビになる
【3】脳を破壊されるまで動き続ける
という、今では当たり前となった3つのルールを、1968年の“リビングデッド”シリーズ第1作『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』で定義し、それまで『恐怖城/ホワイト・ゾンビ』(32)や『プラン9・フロム・アウター・スペース』(59)ほかいくつかの映画に登場しながらも、悪役に操られる奴隷的存在に過ぎなかったゾンビに、ホラー映画のモンスターとしての“新たな命”を吹き込んだのだ。そして、そのモンスター像をより強固にした第2弾『ゾンビ』(第3弾は1985年の『死霊のえじき』)は、イタリア、日本、アメリカで大ヒットを記録、一大センセーションを巻き起こした。ゾンビは一躍“世界的人気ジャンル”へと変貌を遂げたのだ。
その影響力の大きさは、『バイオハザード』シリーズ(02~16)、ブラッド・ピット製作・主演の『ワールド・ウォー Z』(13)、海外ドラマ「ウォーキング・デッド」(10~)ほか、今なおゾンビ映画の人気が衰えていないことからも明らか。こうした作品群は、ロメロ監督がいなければ生まれていなかったと言っても過言ではないだろう。
そして、『ゾンビ』には、大きく分けて下記の4つのバージョンが存在し、90年代半ばまでその全貌が明らかになっていなかったことでも映画ファンのカルト的人気を集めてきた。
「米国劇場公開版」(127分) 北米で劇場公開されたバージョンで、1985年にCIC・ビクタービデオ(現NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン)からのVHS・VHD化、パイオニアLDC(同)からのLD化によって日本初登場。音楽はロメロ監督自身によって選曲され、ドキュメンタリー・タッチのSFスリラーとしての編集、音響が施されている。
「ダリオ・アルジェント監修版」(119分) アジアやヨーロッパで劇場公開されたバージョンで、ヨーロッパの配給権を得た『サスペリア』のダリオ・アルジェント監督が監修を務めて再編集。音楽をイタリアのプログレッシブ・ロックバンド“ゴブリン”が担当し、SFサバイバル・アクション風味の仕上がりとなっている。
「ディレクターズカット版」(139分) 劇場公開から15年を経た1994年に日本で世界初劇場公開となった、最も長尺のバージョン。ロメロ監督によるファーストカット版で、最も殺伐とし、作品本来のテーマがより明確になっていると評される。
そして……
あの日、ゴブリンのリズムに乗せて
日本のスクリーンに繰り広げられた阿鼻叫喚の地獄絵図。
常識を完全に超越した極悪描写の連続で描かれた
強烈な世紀末の臭いと究極の弱肉強食的暴力世界。
我々はそのとき初めて“ゾンビ”を目撃した。
それは惑星の爆発と共に始まり、エンディングは唐突にブチ切れた。
これこそが我々が洗礼を受け、
そのかつてない衝撃と興奮と快感を求めて何度も劇場を追いかけ、
さらに長い間捜し求めた、世界唯一、日本だけの“ゾンビ”。
このバージョンがあったからこそ、私は今ここにいるのかもしれない。
そう思う人間は私だけではないだろう。
日本人にとって、このバージョンを見なければ、
本当に『ゾンビ』を見たことにはならない。
あれから40年、我々は再び、奇跡を目撃する。
江戸木純(映画評論家)